30代×エッセイ

命について、考えた。

こんにちは、たかみです。私は普段、看護師をしています。

現在の職場では、メインが救急室と内視鏡室。その中でもなかなかペーペーな存在ですが、毎日バタバタと走り回りながらも看護師としてのやりがいを感じて働いております。

ここから先は生と死について触れる場面があるので、読み進めるのは自己判断でお願いします。どんな体験をしたかによって、人それぞれ捉え方が変わると思うので。

 

救急室のリアル

うちの救急室に来る患者さんのほとんどは、今この時間に救急室で診ないとダメなん?って、呆れてしまうレベルの訴えが多いです。もちろん、病院や地域性によるのですが。

受付け時間すぎたから救急室で診て、とかね。車がないから救急車呼んだ、とかね。

一般外来にきちんと時間通りに来て、真面目に順番がくるのを待つ患者さんを不憫に思ってしまう事例はあとを絶ちません。

でもやっぱり病院なので、事故直後に運ばれてくる患者さんや、持病の悪化で緊急を要する状態の患者さん、すでに心肺停止しているけれど、発見した家族がどうしたら良いか対応を知らないあまりに救急車を呼び、機械的に延命を施される患者さんもたくさんいます。

医療とは関係なく過ごしていたら他人事に思うかもしれないですが、救急室では日常的に運ばれてきます。日常的にあるということは、自分がいつその立場になるかわからないということでもあります。

救えない命もある

適切な判断と早期に治療が進められたことで入院生活のあと無事に退院できる人や、生命力の強さによって延命処置から奇跡的に復活した人、数ヶ月のリハビリを耐えて元の生活に戻れる人もいます。

しかし悲しいですが、周りがどれだけ願っても救えない命はある。仮に命を救えても、今まで通りの生活は送れない患者さんもいる。事実です。

そして一番悲しいのは、命の最期を迎えようとしたとき、本人が本当はどうして欲しかったか?そんな希望を知ることはすでにできない状態がほとんどだということ。

いつか人生の終わりを迎えるのは、この世に生を受けた者すべてに与えられた、唯一の平等な条件。

だから今、こうして当たり前のように毎日を暮らせることが、どんなに幸せかを考えさせられます。しかし幸せどころか、つらく苦しい人生を歩んでいる人がいるのも事実です。

自分が生きていることに対して、どう感じるかは個人によって違うので、生きていること=幸せだ!という考えはありません。

ただ私は、今できる事をやり続けるため、もうしばらく生きていたいと思っています。だから自分のことを大事にしていきたい。

命の尊さを知ってから、本当の学びが始まる。

誰かの命が尽きると同時に、どこかで新しい命が生まれています。

それは永遠に世界中で繰り返され、命の終わりを慈しみ、命の誕生を喜びで迎えます。

生と死どちらが終わりで始まりかは実際のところわからないですが、この真逆のサイクルは、なんとも不思議で尊い現象です。

命は尊い。この言葉をよく聞きますが、そう感じられる心はとても美しいと思います。

だけど、そう感じて終わりじゃないんです。命の尊さを知ったなら、じゃあ自分自身のこれからをどう生きていくか?さらに一歩、踏み込んでみてください。

今の自分は自分らしく人生を全うできているか?

自分のために生きられているか?

一度、しっかり自分と向き合って、本当の意味での命の尊さを知ってください。

答えなんてないですが、命に向き合うことは人類最大のテーマです。終わりのないテーマを考えて、眠れない夜を過ごすのも生を実感できていいかもしれません。

補足

自分が命の最期を迎えるとき、延命治療を希望するのかしないのか、大事な人にはきちんと伝えておきましょう。

ちなみに私の家族はみんな医療者なので、現実を知ったうえで全員が延命治療は希望しないとのことです。以上です。